君が花火の音を聞く頃、僕は地雷の音を聞いた
こんにちは。いつもご愛読いただきありがとうございます。
トウナンマガジン廣瀬智之です。
前回は、夏だから海外に行こうということで
実際に海外でタクシーを利用する方法を、バンコクを例にご紹介しました。
詳しくは↓↓↓
さて、今回は少し違ったテイストで書きます。
テイストが変わるので、ですます調からだである調に変わります。
あしからず
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僕は現在、カンボジアはタサエンにいる
位置としては、バッタンバン州の端
タイのバンレアム国境のほど近く。
タサエンはカンボジア内戦時に最後の激戦地とよばれた場所。
そのため今尚地雷が多く取り残されている。
現在、その地雷処理の活動をされている
高山良二さんのもとへおじゃまさせていただいた。
高山さんは元自衛官で、PKOの際にカンボジアに訪れたことから
ここタサエンで地雷処理のお仕事をされるようになったそう。
タサエンに到着後、2日間かけて村を案内していただいた。
タサエンはこんな感じでいい意味でなにもない。
高山さんがタサエンに入られた時は一帯がジャングルに埋め尽くされていたそうだ。
マラリアやデングもあれば、エイズもある
土地はジャングルに覆われ、その中に地雷が無数に埋まっている。
「地道なんて言葉では表せられない」
そうおっしゃっていた意味が想像でも理解することができる。
村を案内してもらっている時に、
気分のよさそうなおっちゃんたちが、昼間から酒を飲んでいた。
聞けば警察だという。
僕も缶ビールを2本いただいてしまった。
カンボジアでは曜日も時間帯も関係なく、
集まってビールを飲むのは日常茶飯事で、珍しいことではない。
日本では
仕事中に飲んではいけない
原付のふたりのりはいけない
遅刻してはいけない
といった規制が無数に存在する。
でもこれは結局のところ"規制"でしかなく、"秩序"によるものではない。
規制は緩くても、しっかりとした秩序がここにはある。
どちらが本当に大切なことなのだろうか。
高山さんは地雷処理の活動の他にも
日系企業の誘致も行っている。
その会社の中を見学させていただいた。
会社の中では女性が一生懸命働いていた。
彼女たちが作った商品は、
日本の某大手企業の商品として店に並ぶ。
''ファストファッション''
なんて言葉があるくらい
日本は安価で質の良い商品が簡単に手に入る
しかしその便利さの裏には
こういった国、人たちの存在がある。
彼女たちはなにも僕たちの生活を支えるために生まれてきたわけじゃない。
日本人が偉いわけでも
カンボジア人が偉くないわけでもない。
一人間として、僕達は対等なはずなんだ。
このような本質に目を向けている人がどれくらいいるだろうか。
カンボジアの職場ではこのように
子ども達の姿も珍しくない。
子ども達の面倒を見ながらでも働くことができる
家族や人とのかかわりが密なカンボジアだからこそ
見られる景色なのだろう。
次に僕は地雷処理の現場を見学させていただくことになった。
冒頭でも述べたが、タサエンでは未だなお多くの地雷が未撤去のままである。
地雷原までは村から車で20分ほど
道路が整備される前までは1時間以上かけ、地雷原に通っていたそうだ。
地雷処理はこのようなヘルメットやプロテクターなどの保護用具を装着する。
金属探知機で地雷を探し出し、
見つけた地雷を爆薬によって誘爆させる
今回は3つの地雷処理を見学した。
上から順に
迫撃砲弾、対人地雷、対戦車地雷だ。
迫撃砲弾は戦時中に使用された砲弾の不発弾
対人地雷、対戦車地雷は文字の通り
人、戦車を狙った地雷である。
この対人地雷は5kgほどの負荷で爆発し、足の脛部までを損傷させる。
対戦車地雷は300kgほどの負荷で爆発する。この中でも群を抜いて破壊力がある。
僕達は実際にこれらの地雷の爆破現場を見学させていただくことができた。
これが実際の映像である
僕はこの様子を数十メートル離れたところから見ていた。
心臓を貫くような爆発音
戦争とはかけ離れた国を生きる僕にとって
爆発というものは想像をはるかに超えていた。
爆発後、地雷は跡形もなく消え
近づくとほんのりと火薬のにおいがした。
アンコールワットで栄える観光地シェムリアップ
ナイトマーケットやパブストリートでは
今日もお酒を飲み、観光を楽しむ外国人であふれる。
そこから少し離れたところには、
このような現状が未だなお残っている。
ポルポトの侵略はまだ終わっていない。
同じ国なんだ。
シェムリアップもタサエンも
同じ地球なんだ。
日本もカンボジアも。
高山さんがよく親亀子亀の話をされていた。
親亀の上に子亀が乗っている。
親亀が転ぶと、子亀も転ぶ
子亀だけ生き延びるなんて不可能だ。だから親亀の世話をしなければならない。
日本という子亀は、
世界という親亀の上に存在している。
世界が転ぶと、日本も転ぶんだ。
日本だけが生き残るなんてことはない。
だからこそ
世界に目を向ける必要がある。
日本の当たり前が当たり前じゃないということを
知る必要がある。
世界で起きている本当のことに
耳を傾ける必要がある。
今日もこの村の子どもたちは
日本語を勉強する。
日本語が話せれば仕事に就けるからって
日本語が話せれば幸せになれるからって
憧れられている国なんだ
だからこそ
憧れられるような人生にしなければならない。
国際貢献をするには30年はかかる
そうおっしゃっていた。
30年後、僕はどこで何をしているだろうか。
こうして カンボジアに足を運び続けているのだろうか。
先のことはわからないけど
必ず
本当のことを伝えられる人になってやる。
お金じゃなくて、地位じゃなくて、
本当の幸せをつかんでやる。
そしてきっと
そんな人を僕の手で増やしていくんだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
トウナンマガジン廣瀬智之
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